ネイチャー・テクノロジー研究会, 最新活動報告

ネイチャー・テクノロジー研究会 2015年3月6日

自然と長寿の人と企業から考えるネイチャー・テクノロジー
心豊かな暮らし方・働き方を支えるモノづくり

モノづくり日本会議(事務局=日刊工業新聞社)のネイチャー・テクノロジー研究会は3月6日、東京・丸の内の東京国際フォーラムでシンポジウム「自然と長寿の人と企業から考えるネイチャー・テクノロジー―心豊かな暮らし方・働き方を支えるモノづくり」を開いた。今後、環境制約が厳しさを増す中で、いかに持続可能な社会の実現を目指していけばよいのか。暮らし方、企業のあり方について、心の豊かさ、長寿、モノづくりをキーワードに探った。

はじめに

新たな文化的価値を創造
    東北大学名誉教授地球村研究室代表 
石田秀輝氏

今、新しいテクノロジーやサービス、ビジネスを考えるには、「地球環境の劣化」と「少子高齢化」の二つの課題は避けられない。将来の前提は地球環境といのちの成長の両立。ネイチャー・テクノロジーはこの二つの課題に対する有効な手法だと考えている。
 
テクノロジーの集積を文明、知の集積を文化とするなら、文明が飽和して文化へと移行する。産業革命以降、地下資源・エネルギーに依存した大量生産・大量消費はICTの発達もあり、世界が均一化している。我々はいま、文明から文化に移行するはざまにいる。
 
すでに予兆は明快に起こっている。モノの豊かさよりも心の豊かさを求める価値観が広がっている。自然に触れる暮らし、古いモノを修理して大事に使うスタイルなどに表れている。
 
価値が変われば、必要とされるモノも変わる。商品の52%が発売後2年以内に消えるという。社会が変わろうとする大きな流れに、作り手がついていけないでいる。
 
今回は、180年以上続いている企業の人がモノづくりの本質をどう捉えているのかを探ることが趣旨だ。物質的豊かさを求めたモノづくりはもはや限界だ。新たな文化的価値を創るため、自然と長寿の企業・人から、環境制約下に心豊かに暮らすためのテクノロジー、サービスとは何かを学びとろう。

長谷園・モノづくりの原点

「あったらいいな」形にする
  長谷園七代目当主 長谷優磁氏

長谷園は伊賀焼の窯元として、天保3年(1832年)に創業し、私で七代目になる。
 
伊賀の地で採れる古琵琶湖層の土には炭化した植物が多く含まれ、焼くと気孔ができる。火にかけて陶器が膨張する際の逃げ床になり、器は割れずに済む。通気性があるので、気化熱で冷やすこともできる。自然から生まれて自然を生かした伊賀焼の原点はこのすばらしい土にある。
 
工房訓は「作り手こそ真の使い手であれ」だ。「こんなものがあったらいいな」と思ったらまず作ってみて、それを自分で実際に使ってみて、納得してからでないと、商品にはしない。そうでなければ人様からお金をもらえるものにはならないと考えている。
 
食卓は親が子をしつける大切な場であり、心を通わせる場でもある。家庭は人と人の絆の最小単位。食卓の真ん中にある調理具を囲み、煮ながら、焼きながら、蒸しながら、家族や仲間同士で楽しさ、おいしさを感じてほしい。食卓でながら。これが器作りの根底にある思いだ。
 
文明は日々進化し、それに併せてライフスタイルも変化する。火加減要らずで吹きこぼれない土鍋、凝縮熱を最大に利用できる蒸し器、マイクロ波加熱や省エネ調理、スペアパーツの販売など、我々も変化している。
 
民具とは元来、その時々に「こんなものがあったらいいな」という思いを受けて作られてきた。昔のまま、伝統の模倣だけでは民具として通用しない。"温故値新"と表現しているが、今、何が求められているのかを考えてモノづくりすることで、地域に残る産業になると思っている。

鞄づくりと心豊かな暮らし

人々に喜ばれる商品作り
  エンドー鞄社長 遠藤玄一郎氏

当社は兵庫県豊岡市にある日本でいちばん古い鞄(かばん)メーカー。創業は文政7年(1824)年、私は8代目だ。男性用バッグを主体に、使う立場で考えたオリジナル商品を企画販売している。
 
豊岡は日本最大の鞄産業の集積地。そのルーツは豊富に自生していた柳を用いた柳行李作りだ。昭和に入りパルプを硬化させたファイバー素材の鞄に替わり、戦後、ビニールレザーやナイロンへと変わっていった。
 
地場産業の多くは技術伝承で続いているが、豊岡の鞄産業は製品を中心に進化してきた。柳は編む、ファイバーは曲げて打つ、化繊は縫うと、用いる技術は素材に合わせて変わっていった。それに対応してきたのが豊岡の鞄産業だ。
 
当社商品のこだわりは道具としての「使いやすさ」。ソリューションとして商品開発を進めている。例えば、音のしないキャリー「FREQUENTER」はかなりのヒット商品になっている。創業191年という歴史にふさわしいモノづくりを目指し、鞄工房「嘉玄」では実験的な取り組みも進めている。
 
歴史を重んじると同時に、チャレンジを続ける企業でありたい。守るばかりでなく、時代に合ったことをすることで、必要とされる企業であり続けられる。それが社員を守り、地域社会に貢献することにつながる。
 
鞄はものを入れて運ぶ道具として、どのような時代でも必要とされる。売り上げや数量を求めるのではなく、使う人に喜んでもらえる商品作りを大事にしたい。できる限り長く、愛着を持って使ってもらえる鞄を作ることが我々の使命と考えている。

modern書 artと心豊かな日々

書を身近で楽しいものに
  書家 木積凛穂氏

筆の運びに心の動きを託すのが書だ。書の大切な稽古に古筆の臨書がある。先人の残したすばらしい書を鑑賞し、全く同じようにまねるのだが、高度な見る力、書く力が必要とされる。
 
ある時、篆書(てんしょ)の「笑」を臨書していたが、どんなに書いてもうまく書けない。そのとき、自分の顔が怒っていることに気づいた。気分転換に、文字が笑っている顔に見えないかなと筆で遊んでいたのが「modern書art」(モダン書アート)につながっている。
 
モダン書アートでは、楽しむため、絵にいちばん近い文字、篆書をより絵画的にイメージを膨らませて作品にしている。帯や番傘、電灯のかさに仕立てた作品もある。活動の拠点として本能寺跡にある京町家に構えた「遊筆町家凛穂」では稽古するだけでなく、作品を常設し、サロンや講演会を開き、交流の場としている。書を身近に感じ、楽しさを知ってもらい、日々の生活に書を取り入れてほしいと思っている。
 
作品を創ることは、モノを作るだけでなく、心を表現すること。心の表現がなければ、ただ文字を書いているだけになってしまう。
 
私は書を書くために美しいものを見たい。心の豊かさは物質ではなく、五感で感じ取る心地よい時間によって得られる。美しいものに触れ、人と出会い、毎日を楽しいと感じられる幸せな時間が心豊かな暮らしにつながるのだろう。
 
皆さんには直筆の大切さを伝えたい。墨を擦って手紙を書くことで、心の交流ができる。「ありがとう」の五文字も、思いを込めてはがきに書くことで、相手に心が伝わるはずだ。

90歳ヒアリング結果を事例として

失われつつある価値観"再発見"
  東北大学大学院准教授 古川柳蔵氏

将来、厳しい環境制約の中で、いかに心豊かに暮らすのか。そのために必要なイノベーションは何か。今はまだ制約が弱く、エネルギーも安いから、多くの企業が環境配慮型の商品を作っている。
 
より厳しくなると、生活者は例えばエコなエアコン、エコな冷蔵庫、エコな自動車の中からどれかを削ることになる。さらに厳しくなると、ライフスタイルの淘汰(とうた)が起こる。一方で、心豊かな暮らしを求めている。
 
その答えを見いだす手法の一つとしてネイチャー・テクノロジー創出システムを研究している。ライフスタイルをデザインし、構成する技術要素を抽出する。それを自然の中から探し出し、適用するためにリ・デザインする。
 
ライフスタイルデザインを一から自分で描くのは難しい。そこで、現在よりもはるかに環境負荷が小さいながらも心豊かに暮らしていた戦前の暮らし方を大人として体験した人から学ぶために始めたのが90歳ヒアリングだ。調査を重ねると今の世界にはない、失われつつある物事・価値があることに気がつく。
 
分析すると、自然に生かされている、自然を生かす、循環、伝承、役割、ポジティブ制約という基盤の価値観が浮かび上がってくる。心豊かな暮らし方は、これら七つの価値観が融合し構成されていることが分かる。
 
仙台市の支援を受け、中学生用教材として、90歳ヒアリングの様子を収めた約20分の映画「90歳フィルム」を制作した。映画を通じて心の豊かさを見つめなおそうという活動だ。イノベーションを起こすきっかけになると信じている。

  感光舎代表理事 菅原由氏

ご覧いただいた「90歳フィルム」を監督したが、現場では語り手の表情や言葉が実に豊かなことに驚かされた。語りを聞けばすぐに、生きることの達人であることが見えてくる。現場でしか分からない感覚を追体験してほしいと思う。

パネルディスカッション

心豊かな暮らしの中のモノづくりの役割
モノに心を宿らせる
モデレーター 
東北大学名誉教授
石田秀輝氏氏
    ◆パネリスト  
長谷園七代目当主   長谷優磁氏
エンドー鞄社長    遠藤玄一郎氏
書家         木積凛穂氏
東北大学大学院准教授 古川柳蔵氏

▲石田 文明が成熟し、資本主義は飽和している。次の文化的な価値をどうやって探していくのか。新しく0から作るわけではない。確かな未来は懐かしい過去にある。ただし、過去に学ぶことはできても、戻ることはできない。
 
創業180年以上の企業の話を聞いたが、過去から常に変化しながら現在に続いている。過去、現在、未来をつなぐ価値観を整理できれば新しい価値を生むことができるだろう。
 
まず木積さんから今日の感想を聞きたい。
 
▲木積 モノを作るということも、同じことをしていたのではそこにとどまっているだけになってしまう。書も、臨書だけでは自己表現はできない。基本をしっかりと学びながらも、自分を表現し、それが魅力的だと皆に伝えなければならない。数千年のうちの数十年にすぎないが、何らかの役に立ちたいと思いモダン書アートを創った。
 
▲石田 多くの会社が使う人のことを考えているとうたっているが、2社は何が違うのか。
 
▲長谷 古き良きモノ、先人が見つけた素材や技法は大事にしているが、それを模倣しているだけでは産業としてとっくになくなっていた。今の生活者が"こんなものがあったらいいな"というものを形にするのが仕事。
 
工業試験所に通って科学的裏付けを取り、商品の良さを納得してもらう努力もしている。一方、東京・恵比寿に直販店を出したが、買ってもらうためではなく、使い手の声を吸収するためだ。
 
▲遠藤 若いころに経営が厳しい時期があった。当時、鞄は外側に金をかけても、中に金をかけない傾向があった。私は使うことを考えて、中にポケットをたくさん付けたバッグを作った。手間がかかるため、製作現場からは文句を言われたが、ヒット商品になった。
 
常に人の鞄をよく観察して、本気でそのことだけ考えていれば、見えること、気づくことがたくさんあるものだ。
 
▲石田 2社の商品を私も使っている。長く使うことで、機能だけではない愛着が生まれる。機能への満足が愛着を生むということなのだろうか。
 
▲長谷 用の美が原点にある。胴とふたがあって片方割れた、ハンドルが取れたとなると、普通は買い替えてしまう。大事に使って、これから味が出てくるのだから、パーツの販売を行っている。こうしたことは大事にしている。
 
▲遠藤 ただ売れればよいとは考えていない。1個だけのアートほどではないが、量産の商品にも何らかの気持ちを込めて作っている。モノは語る。その情念が伝わるのかもしれない。
 
▲古川 職人さんへの90歳ヒアリングで共通するのが、「欲しいモノをつくる」ということ。一方、社会のニーズが自分の考えとは違うという人たちも多いと思う。お二人はこうしたギャップをどう考えるのか。
 
▲長谷 ギャップがあるかもしれないと思うことはある。新しいモノを作っても、すぐに同じようなものが出てくる。そのとき「使ってみると違うね」と言ってくれる人がどれだけいるのか。ただ、土という素材をいちばん知っているのは我々だという自信はある。
 
▲石田 民具は民芸。過去のモノだけでなく進化形のモノを作っている。一生懸命モノを作れば心が宿る。そういうことが現代も生きて進化しているということだろう。
 
▲遠藤 矛盾は感じていない。マスのマーケットを追いかけるのはどこの企業も終わっている。ファンを作るということは小さいようで結構大きい市場だ。自分の会社にとって十分なマーケットがあればいい。
 
▲石田 斬新でおもしろいアイデアがほかに盗まれるということはないのか。
 
▲遠藤 いっぱいコピーされているが、そんなのを相手にしているよりも、前を見て違う次のことを考えたほうがいい。
 
デザイナーの水戸岡鋭治さんと共同で「100年鞄」の開発を進めている。通常のキャリーは2万円ぐらいだが、それは20万―30万円ぐらいでと考えている。
 
▲石田 愛着の持てる製品を作り、壊れたら修理してくれる人がいる。これが心豊かな時代には必要なことになるのだろうと思う。メーカーとユーザーが顔の見える関係にあるモノづくり・サービスが大事なのだろうと感じた。  (敬称略)