その他事業, 最新活動報告

100年経営の会 シンポジウム 2014年11月21日

不変と革新 貫く企業理念

100年経営の会は11月21日、東京都目黒区のザ・ガーデンホールでシンポジウム「不変と革新 貫く企業理念」を開いた(共催日刊工業新聞社、協力モノづくり日本会議)。2011年10月設立の100年経営の会は、日本に世界最多の2万社以上が存続するとされる創業100年以上の老舗企業が実践している長期持続的経営のあり方を軸に、全国各地でシンポジウムなど情報発信を行っている。今回は世界の長寿企業について研究を続けている日本経済大学の後藤俊夫経営学部長、日本の食文化を世界に広げるキッコーマンの堀切功章社長、日本に進出して100年以上の歴史を持つボッシュ日本法人のヘルベルト・ヘミング社長の3氏が登壇。それぞれの視点からの講演に、参加者は熱心に聞き入った。登壇者を囲む懇親会も行い、企業経営のあり方について意見交換した。


あいさつ

一時的な拡大より地に足つけた経営
  100年経営の会 会長(元経済産業事務次官)北畑隆生氏

100年経営の会が発足した2011年は「100年に一度の経済危機」と言われたリーマン・ショックからようやく日本経済が立ち直ろうとしていた時に東日本大震災を受け、日本全体がしょげ返っていた時期。この危機を克服して元気になろう、それには日本に数多い100年以上続く企業の経営からヒントをもらおう、という趣旨でスタートした。
 
設立前のシンポジウムでは「わが社の資本はお金でなく人です」と話された出光興産・天坊昭彦会長(当時)、「わが社が一番重視するのはお客さま」とおっしゃったキッコーマン・茂木友三郎名誉会長、「重視するのは地域社会。阪神・淡路大震災を克服できたのは地元の応援のおかげ」とした神戸製鋼所・佐藤廣士社長(当時)のお話をうかがった。
 
各地でシンポジウム、研究会を開き、100年続く企業には一貫した理念があること、一時的な拡大よりも地に足をつけた長期持続的発展が重要なこと、伝統を守りながらも革新をしていかなければならないことなどを発信している。本日の講演を通じて、当会が考える理念がさらに洗練されてくるはずだ。
 
寺島実郎氏らが近年の「売り抜ける資本主義」の動向を批判的意味を込めて指摘している。資源や株式あるいは企業そのものを安く買って、値段が上がるよう画策し売り抜ける考え方が広がっているのではないか。当会は従業員、お客さま、地域社会は何よりも大切で、短期的な利益より持続的な発展を目指すべきだと考えている。
 
本日は、会社の理念と伝統を守りながら革新をするという100年経営の理念が一段と進む機会としたい。

当会活動 広げる

  日刊工業新聞社 社長 井水治博

日刊工業新聞社は100年経営の会の事務局を務めさせていただいている。当会は本日のような長寿企業のトップや研究者の皆さまに経営理念・研究成果を披露していただくシンポジウムを、東京だけでなく、優れた老舗企業が多く集積する大分・臼杵、三重・四日市、京都でも地元自治体・産業界などと連携して開催してきた。講演を聞くことで、私たちにも経営のヒントをいただけると考える。
 
おかげさまで当社も2015年に創刊100周年を迎える。これからも日本の産業界の発展に役立つ情報を発信するとともに、当会活動を広げていきたい。

来賓あいさつ

100年経営 日本から発信
  経済産業省 政策評価広報課長 前田泰宏氏

3年が経過し、100年経営の会の活動基盤も強化されてきたのではないか。なぜ100年経営、長寿企業の経営に注目するかというと、まず日本からオリジナルに発信できるということがある。経営学は欧米に学ぶことも大事だが、世界に何万社かある100年企業の半数以上が日本にあるという実績を踏まえると、日本から世界に発信できるものが必ずある。それを研究する同会の考え方に賛同する。
 
100年企業のパワフルな継続力にも着目している。震災や戦争など絶体絶命の危機をくぐり抜け、現に存在し、さらに向こう100年をにらむ企業だ。
 
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに日本から何を発信すべきかという議論があるが、100年続くという企業経営のオリジナリティーは強烈なメッセージとなる。健全でなければ企業は100年続かないはず。経営のスポーツマンシップ、資本主義のスポーツマンシップとは何かを議論しながら、日本から発信していくチャンスだろう。

講演

長寿企業大国 日本の秘密

「老舗」は世界に誇る財産
  日本経済大学 経営学部長 後藤俊夫氏
家族経営が主役

長寿企業の研究に着目したのは1999年のこと。33年間勤めたNECから研究に転じた時期だ。はじめた理由は自分でもはっきりとはわからないが、当時日本が長寿企業大国であることは誰も知らなかったはず。100年以上の会社が日本に何社あるのか、おそらく調べるのが大変で誰も手を着けなかったのだろうが、それを調べ始めて今日に至っている。
 
長寿企業は日本が世界に誇る貴重な財産であると考える。現存する最古の長寿企業・金剛組は578年に産声を上げた。独自に調べたところ1000年以上の会社は21社もあり、100年以上となると2万5000社以上だ。世界各国の長寿企業数についても調査しており、やはり日本が圧倒的に多く米国、ドイツなどが続いている。海外の調査はまだ空白地帯もあり今後も続けていく。
 
15年間の研究を通じ、調べれば調べるほど教訓が出てくる。汲(く)めども尽きぬ教訓の宝庫だ。老舗企業の特徴を挙げると、まずファミリービジネスが圧倒的に多い。もともと日本の法人企業260万社の97%はいわゆるファミリービジネスだ。従業員数を見ても77%がファミリービジネスで働いている。また先進国、途上国を問わず経済の主役はファミリービジネスだ。ただ日本のファミリービジネスは長寿性が世界に比べて卓越している。その理由を探っている。

継続の強い意志

まず人事教育制度、財務会計制度、リスク管理といったマネジメントシステムが、そういった言葉などなかった江戸時代から、日本では暗黙知として蓄積されてきた。それ以上に重要なのは家業を継続、承継しなければならないという強い意志が日本には固有にあったと感じる。関連して日本では、企業は社会の公器、という言葉が日常的に用いられる。社会の公器を志す、という気持ちこそが長寿の根底にあるのではないか。これは先頃の震災後に示された、老舗企業の自己犠牲的な活動に接して痛感した。
 
そして老舗企業が成功するのにもいくつかの定石がある。まず長期的視点に立った経営ということ。私が勤めていた当時のNECでいうと中期計画と言えば4年を指したが、ある老舗企業に聞くと中期とは経営者の任期、30年のことを考えるという。長期というと孫の代まで考えた100年だ。
 
定石その2は持続的成長の重視。短期的な変化に惑わされないから過剰な設備や在庫を持たない。これは地球全体を考えてみればエコであり、21世紀の経営モデルと言ってよい。

世界遺産登録を

ほかにも自己優位性の構築強化、利害関係者との長期関係性、リスクマネジメントといった点で定石がある。しかし、なぜ日本に100年企業が多く、例えば韓国にはそれほど多くないのかといった点を比較しながら考えてみた。そこから導いた定石が「継続の強い意志」。家業を続けること、そして社会に奉仕することはとても貴いという日本人の考えが前提にある。やはり一番奥に継続志向があることが重要だ。
 
長寿企業の研究から提案したいのは、まず老舗(SHINISE)の世界遺産登録だ。それに向けて国民運動を起こそうではないか。縦割り行政にあっては酒は国税庁、旅館は国土交通省、食品は農林水産省、これに経済産業省なども絡み、まとめていくのは大変だろう。しかし、それを乗り越えて、老舗を中核とする地域活性化施策を考えてもらいたい。「老舗は地元の誇り」と考えて、老舗に学び、観光立国の目玉として老舗を活用することもできるだろう。

キッコーマンの伝統と革新

革新の連続が伝統築く
  キッコーマン 代表取締役社長CEO 堀切功章氏
350年以上の歴史

キッコーマンの伝統と革新についてお話したい。醸造家が集まって株式会社化したのが1917年。それぞれの個人経営の時代から数えると350年以上の歴史がある。
 
現在のしょうゆの元になったと考えられる「溜(たまり)」は、鎌倉時代に製法を宋から持ち帰ったとされ、その製法を紀州湯浅で教えていたという。江戸中期を過ぎると関東でもしょうゆ作りが盛んになり、当社の本社のある野田、銚子が生産の中心となった。大豆、小麦、塩といった良質な原料が豊富にあり、利根川、江戸川の舟運があったためで、もちろん江戸という大消費地も近かった。
 
野田には江戸、明治、大正と個人の醸造家がたくさんあり、1917年にそのうち茂木家や高梨家、私の先祖である堀切家など8家が合同し、しょうゆ産業の近代化を目指す野田醤油株式会社を設立した。当初は200以上のブランドがあったが40年には全国市場で「キッコーマン」ブランドに統一した。第2次世界大戦後には原料の利用率を高めた新製造法を開発し、業界の要請を受けたこともあり特許を無償で公開した。

しょうゆとともに和食を支えてきた調味料、みりんは江戸初期までは高価なもの、しかも飲用で使われていた。そこに1814年、私の先祖である堀切紋次郎がそれまでの赤く濁っていたみりんでない、きれいに澄んだ白みりんの醸造に成功した。これは江戸市中で人気となり「万上」ブランドとなった。それからちょうど今年は200年で、地元流山市などとも協力しプロモーションを展開した。
 
こうした歴史の中、当社の「革新」としては「国際化」「多角化」それから「超しょうゆ」「拡しょうゆ」などに取り組んできた。現在のキッコーマンは2013年度の連結業績で、初めて海外の売り上げが国内を超えた。国内はほとんど食料品の製造・販売だが、海外では日本食品などの卸の売り上げもかなり大きいのが特徴だ。

早くから国際化

海外比率が高いのは昭和30年代から国際化を進めてきたため。日本が高度経済成長期に向かう中、しょうゆは人口の伸び程度の成長しか期待できないと考え、当時の先輩たちが50年、100年先を考えた戦略が国際化と多角化だった。米国に販売の現地法人を立ち上げたが、しょうゆを知らない米国人にマーケティングするには不屈の闘志と意思が必要で、私たちは今でも感銘を受ける。
 
当初赤字が続いたので1973年に米国に初の海外工場をつくった。現在は海外7工場でしょうゆを生産し世界100カ国以上で販売している。
 
多角化としてはトマトケチャップなど洋風調味料を製造し海外でも販売するデルモンテ事業や、醸造という共通項でくくることができるワイン事業などがある。紀文と提携して始めた豆乳事業もある。

超しょうゆ

しょうゆを超える超しょうゆは、しょうゆを原料とするつゆ、焼き肉のたれ、和風総菜の素といった事業。粘り強くやってきて新しいカテゴリーを形成している。拡しょうゆとしては、絞りたての生しょうゆなど、より価値の高いしょうゆをここ2、3年一生懸命に売っている。
 
こういった歴史や、革新の取り組みを振り返ると、どれ一つ欠けても今のキッコーマンという会社はない。伝統は革新の連続の積み重ねで築かれると、改めて感じる。当社には2007年に策定した「グローバルビジョン2020」があるが、10年、20年先にどうありたいか、どうあるべきか、そのために今何をすべきか議論を進めている。それには変えるべきものと変えてはいけないものをはっきりさせておくことが必要だし、社会にとって存在意義のない会社は生き残れないということを肝に銘じなければならない。先輩に言われた言葉だが、現在を担当する者の使命は先達から受け継いだものを、より良いものにして次の世代につないでいくこと。その責任を感じている。

Bosch:128years" Invented for life"

創業者からの哲学継承
  ボッシュ代表取締役社長 ヘルベルト・ヘミング氏
非常に大事な国

2011年に3重のアニバーサリーを予定していた。創業者ボッシュの生誕150年、会社(ロバート・ボッシュGmbH)の創立125年、それから日本上陸100年。残念なことに東日本大震災が発生したので、イベントに用意した予算は復興事業に提供した。ボッシュは日本を非常に大事な国として常に位置付けている。
 
スローガンである「インベンティッド・フォー・ライフ」つまり人々の生活のために発明することをずっと追求してきた。それにはお客さまやマーケットが何を求めているかを常に意識し、しかも長期的に考える必要がある。研究開発には世界93カ所の拠点で4万2700人が携わっている。過去5年間にR&Dに200億ユーロ以上を投資しており、1営業日あたり20件の特許を出願している。
 
日本には最初に横浜に上陸し、100年以上にわたり活動している。従業員数は7000人を超え、売上高3400億円は世界で4番目に大きなマーケットだ。

老舗としてのボッシュがなぜ成功し続けることができたかに関心があると思う。本日の講演でも独立性などの話があったがその通りだ。ボッシュの成功要因は財務的に独立していて外部からの投機的な影響を受けないこと、革新力、品質と信頼性をあくまで重視する姿勢、グローバル展開、長期的な経営戦略などが挙げられる。

経営の独立性確保

独立性と財務力についてはまず、ボッシュは株式を上場していない。株式の92%は一族が設立した慈善団体ロバート・ボッシュ財団が保有する。いわばファミリービジネスだが財団は議決権は持っていない。これに対しロバート・ボッシュ工業信託合資会社が議決権の93%を持つ。また議決権はないが実際のビジネスで日々活動しているのはロバート・ボッシュGmbHだ。こうした独特のオーナーシップが、グループとしての経営の独立性確保につながっている。そして自己資本比率は13年にはほぼ50%だ。
 
革新力の面では製造と研究開発の拠点を世界的にバランスを取った形で配置していることも強みだ。一方で研究開発はネットワーク化されており、世界中のエンジニア同士が24時間、コミュニケーションを取りながら進めている。研究開発はお客さまや市場が何を求めているかを見極めることが出発点。営業だけでなく研究開発の一人一人が顧客志向のマインドを持たないと企業は存続できない。もちろんそれを言葉として唱えるだけでなく、日々の活動にいかすことが肝要だ。
 
品質と信頼性については創業者ロバート・ボッシュの言葉が残っている。「誰かが私たちの製品を見て粗悪な仕事だと証明する。そんなことを考えただけで私は耐え難い」といった内容で、あくまで最高のものだけを世に出せるよう常に努力することを訴えている。こうした言葉は100年以上会社のDNAとして受け継がれている。単に成長するとか、利益を追求するだけでなく、納得のいくものだけを出そうという当社の決意だ。それには顧客志向に加えて従業員全員が経営者のマインドを持って仕事をしなければならない。そして初めて、品質や信頼性が継続的に確保できる。

人材開発の重要性

創業者はまた、人材開発の重要性を強く訴えている。系統だったトレーニング、その場限りでないトレーニングに当時から力を入れていた。現在世界各地でマネジメントクラスの大半は地元の人材を育成し、トップとして活躍してもらっている。従業員の意識調査では8割以上の社員からボッシュで働いてよかったという回答をいただいている。内部の人材開発プログラムでは女性をはじめいろいろな場面で活躍し経験が積めるよう追求している。
 
ボッシュが長年にわたり活動できた背景に、創業者から受け継ぐ哲学や活動があったということを理解してもらいたい。