ネイチャー・テクノロジー研究会, 最新活動報告

ネイチャー・テクノロジー研究会 2014年12月18日

シンポジウム 心豊かな暮らし方のかたちと地域デザイン
バックキャスト思考でビジネス構築

モノづくり日本会議(事務局=日刊工業新聞社)のネイチャー・テクノロジー研究会は2014年12月18日、東京都中央区の銀座フェニックスプラザでシンポジウム「心豊かな暮らし方のかたちと地域デザイン」を開いた。環境制約を想定した上で、バックキャスト思考によって心豊かなライフスタイルを描き、ビジネスの構築や施策立案に取り組む試みが始められている。そこで企業や自治体の事例を交え、今後のビジネスや地域デザインのあり方を探った。


講演1:間抜けのデザイン―新しいビジネスの宝庫

自然から学ぶ技術膨大
  東北大学名誉教授 地球村研究室代表 石田秀輝氏

自分たち、そして次の世代のために今考えなければならないことは地球環境問題と、人口減少・高齢化についてだ。人口減少・高齢化は、都市への人口集中と地方の過疎化が問題だ。消滅可能性都市というショッキングな報告もなされた。今後はローカルのネットワークがグローバルを形成しているという視点で考えることが重要となる。
 
環境と経済成長の両立による持続可能な社会という考え方が広がって20年が経過したが、理想からはますます乖離(かいり)している。成長については心豊かに生きることと捉え、環境と成長を同時に肯定する社会を構築し、モノづくりをする。その結果が経済的価値を生む。これが持続可能な社会であると考え方を変えよう。
 
2030年ごろ、人間活動の肥大化により、資源、エネルギー、生物多様性、水、気候変動、人口、食料という地球環境の七つのリスクが限界に達する。地球環境制約の上に、心豊かな暮らしを築くという転換は不可避だ。足場を変えて考えなければ答えは見つけられない。
 
心豊かな暮らしとはどのようなライフスタイルなのか。まず、バックキャスト思考で描いてみる。そのライフスタイルで必要とされる技術を抽出し、それを自然の中から学ぶ。自然は完ぺきな循環を最も小さなエネルギーで駆動している。ここから学ぶべきネイチャー・テクノロジーは膨大に眠っている。
 
描いたスタイルについて社会受容性を調査すると、人は利便性だけでなく、楽しみ、自然、自分成長、社会と一体などの要素を潜在的に求めていることが分かる。
 
環境負荷が現在の半分の1960年代に働き盛りだった現在90歳の人たちへのヒアリングでは、「便利になったが昔のほうが楽しかった」という話をよく聞かされる。聞き取りを詳しく分析すると「自然に活(い)かされ、自然を活かし、自然を往なすことを楽しむ」「自然資本(ストック)を劣化させずフローとして使う」ということが浮かび上がってくる。
 
現代の暮らし方が依存型(完全介護型)なら、心豊かな暮らし方は自立型(自給自足型)だ。依存型と自立型の間には、徐々に利便性が小さくなり、制約が大きくなる漸移的な境界がある。これが間(ま)だ。
 
今は間が抜け落ちている。利便と制約の間を埋めて、自立型へと移行していくための技術・商品・サービスが必要だ。ここには新たなビジネスのもとがたくさんある。
 
省エネ・省資源の製品や手段を選択したり、気候に合わせて暮らしたり、大切に使い続けるスタイルを選ぶ人は増えている。人々の意識変化の予兆は始まっている。厳しい地球環境制約のもとであっても心豊かな暮らしは実現できる。

講演2:ライフスタイル・デザインからのビジネス構築及び施策立案の方法論の先端

制約見つめ新事業創出
  東北大学大学院環境科学研究科准教授 古川柳蔵氏

環境制約がますます強まる今、部分最適ではなく全体最適を志向した、心豊かに暮らせるライフスタイルに転換していくことが必要となる。
 
90歳ヒアリングを通して、戦前の暮らし方を分析すると、自然とともに限られた資源で心豊かに暮らしていたことが分かる。持続可能なライフスタイルには自然を活かすこと、自然に活かされていること、循環、伝承、ポジティブ制約など八つの基盤的要素があるが、それらは現在失われつつある。
 
現在に至るプロセスは「利便性の坂」を下りてきたと言える。かつては井戸で水をくみ、水場で洗濯をしていた。そこには人々が集うコミュニティーが形成されていた。水道が引かれることで水場に出向くことがなくなり、そして洗濯機が登場した。そのたびに便利になっていったが、制約=杭があったときにはあった心の豊かさは失われていった。
 
利便性は否定するものではない。ただし、現在の利便性は環境負荷が非常に高いことが問題だ。心の豊かさを取り戻すために、昔に戻るのではなく、新たな方法で取り戻していくのだ。
 
未来は坂を上がっていくことになる。どうやって上がるかを探るために、環境制約下での新しいライフスタイルをバックキャストの手法でデザインする。将来に身を置いて、環境制約を頭に入れながら現在を見つめ直すと、越えるべき壁が見えてくる。そこで必要とされる技術を抽出し、自然から学んで、商品やサービスにリ・デザインして提供する。新たなビジネスが生まれることになる。
 
利便性の坂を上がるには、きっかけが必要だ。きっかけはお金の節約かもしれない。政策、決まり事、道具、インセンティブなどさまざまだ。理想まで一気に上がることは難しいが、坂の途中の何らかの制約が杭となって、一歩一歩進むことを可能にする。
 
ライフスタイルの分析に、オントロジー工学手法の応用を進めている。知識の背後にある暗黙的な情報を明示するための手法だ。行為の分解によって、行為と心の豊かさの要素の構造分解を行う。そこから共通する要素として集約される共通語彙(ごい)を構築。過去のスタイルから変化したプロセスを分析し、未来の制約下の心豊かなライフスタイルをデザインするという方法論だ。
 
ライフスタイルを分析して施策を創出しようという取り組みが始まっている。兵庫県豊岡市、岩手県北上市でライフスタイル・デザインのプロジェクトが動きだしている。利便性の坂を下りきっていない、かつての心の豊かさが残っている地域のほうが取り戻しやすいだろう。そうした地域こそイノベーションが起こる場所なのだ。

講演3:「間」を埋める地域デザイン―北上ライフスタイルデザインプロジェクト

足場変えて施策づくり
  北上市生活環境部主任 髙橋直子氏

岩手県北上市が目指す姿は「あじざい都市」。市内の16の地域それぞれの徒歩圏内に生活圏を支える都市機能を集中させ、都市全体を支える核や他地域と連携・共生する多極集中連携都市だ。
 
あじざい型スマートコミュニティ構想では、より北上らしいスマートコミュニティを模索し、環境・エネルギー施策では脱節減型対策への転換を考えている。具体化に向け、2014年5月に北上ライフスタイルデザインプロジェクトを開始。足場を変える方策として、バックキャスト思考のライフスタイルデザイン手法を取り入れた。
 
今年度はライフスタイルデザイン研究に取り組んでいる。市のメンバーが描いた108件と、ネイチャー研メンバーの50件を合わせた158のライフスタイルを基に、施策化手法を検討。市内在住の18人への90歳ヒアリングも実施した。
 
活動は市職員から、公共セクター、地元民間セクターへと連携を広げていく。スマートコミュニティ構想第2期、環境・エネルギービジョン後期計画のスタートに合わせて、ライフスタイル実証に取り組む計画だ。

地域社会でも「間」はある。何かの問題の解決は本来、自助、共助、公助の順で対応すべきものだが、自助の範囲を超えると一足飛びに公助を求める傾向がある。自助と公助の間を埋めることが必要だと感じている。

パネルディスカッション

心豊かな地域デザインを考える

「多様な価値観」理解必要
パネリスト

  北上市生活環境部主任 髙橋直子氏
  豊岡市エコバレー推進課課長補佐 池内章彦氏
  リコー リコー技術研究所ソリューション&サービス開発室シニアマネジメント 藤井達也氏
  東北大学工学教育院特任准教授 須藤祐子氏

モデレーター

  大日本印刷ソーシャルイノベーション研究所 木村晴信氏

▲木村 3氏の講演を踏まえ、「間」を埋めるライフスタイルからの政策・ビジネスを探る取り組みへの理解を深めていきたいと思う。導入として豊岡市のケースをご紹介いただきたい。
 
▲池内 コウノトリで知られる兵庫県豊岡市では豊岡ライフスタイルデザイン・プロジェクトを進めている。環境と経済の両立の具体策は、従来の置き換えではなく足場を変えることだ。2013年5月、行政7人、民間8社で始まった。
 
90歳ヒアリングを通じて、豊岡が継承してきた共存共栄、自然利用、生活哲学を抽出する一方、バックキャストで豊岡での心豊かなライフスタイルをデザインした。その中から「生命の循環を感じる暮らし」「豊岡の食材で集う暮らし」「とよおかマイストーリーバッグ」の3点について実装を進めることとした。
 
14年は食について、中筋地区をモデルに、短期プロジェクトとしてライフスタイル体験会を、長期プロジェクトとして食ワーキング会議に取り組んだ。今後も持続可能な社会の具体像として住みたい街かつ訪れたい街を目指していきたい。
 

▲木村 「間」を埋めるライフスタイルからの政策・ビジネスは今までとどう違うのか。
 
▲髙橋 地域の中で資源・経済循環がなされることが持続可能性につながると考えている。これまでの政策はフォアキャストで考えられてきたが、それでは十分に対応できないと感じ、異なるアプローチとしてバックキャストを取り入れた。
 
▲池内 コウノトリの野生復帰に取り組み、環境と経済の共生を強く意識した。企業・市民が自分たちで考える努力を促したい。地域の活性化に向け、市民が心豊かになる商品・サービスを市内の企業が提供してくれるようになってほしい。
 
▲木村 一般に、企業の動きは鈍いと言われる。
 
▲藤井 フォアキャスト思考では現状の延長上のものしか出てこない。一方、バックキャストでは「間」の問題に突き当たる。長期ビジョンをまとめる企画部門と、中期・短期対策を担当する設計者が連携しながら「間」を埋めていきたい。
 
▲須藤 例えば地熱の研究は二酸化炭素の排出が少ないクリーンエネルギーだという視点だけに注力してきた。ここに心の豊かさという視点を加えると、研究がどこに向かうのかが変わってくるだろう。これこそバックキャスト思考の可能性だ。
 
▲木村 では「間」を埋めるライフスタイルをどうすれば社会実装できるのか。
 
▲髙橋 北上では今回描いたライフスタイルのいくつかについて体験することを年度に行う。市民がいかに自分事化できるかがカギだ。人は自分で気づきが得られたときに行動が変わる。ライフスタイルの体験が変化への第一歩になるだろう。
 
▲池内 理解の浸透を図るため、できるだけ早く市民に見せようと考える。現在、地区住民中心でビジネスを起こそうとしているが、企業の参加を期待したい。食のプロジェクトのどこにビジネスがあるのか、企業の目利きの力が必要だ。
 
▲藤井 地域、ユーザーと一体化したイノベーションを起こしたい。これまでも都内でさまざまな交流会に参加してきた。地方には地方の価値観がある。多様な価値観を理解しあうためにも、まず情報の交換を重ねていきたいと思う。
 
▲須藤 大学は研究機関であると同時に、教育機関でもある。工学を学ぶ学生にバックキャスト思考の視点、「間」を埋めるという考え方を身に付けてほしい。今回テーマとなっているような価値観を持った人材を世に送り出していきたい。
 
▲木村 実装の第一歩として自組織への理解・浸透をどう進めていくか。
 
▲髙橋 昨今は行政だけで解決できる社会の課題は少なくなっている。企業の力、市民の力が不可欠だ。地方にしか担えない機能は何か。誰が担い手になるのか。社会のシステムづくりを進める上で企業とのパートナーシップを築いていきたい。
 
▲池内 環境都市豊岡エコバレー、大交流、地域を支える人材育成というテーマに対して、大企業から人材を派遣してもらいながら、取り組んでいる。ほとんどの市民が新しいライフスタイルの必要性を理解するという街にしたい。
 
▲藤井 その技術の本質は何かを考えることのできる若手エンジニアの育成に取り組んでいる。例えばプロジェクターであれば、情報を伝えることが目的だ。物事の本質を突き詰めることがバックキャストにつながるだろう。
 
▲須藤 現状はまだ浸透していない。大学という組織はその性格上、トップがやるといっても皆がそうなるものではない。まず同世代の若い人たちを巻き込んで理解してもらっていくことからはじめたい。
 
▲木村 広げていくためには現場とのすり合わせが大きな課題の一つになっているようだが、会場にいる石田先生からアドバイスをいただきたい。
 
▲石田 大事なのは今利益を出しているものを否定するものではないということ。これからのモノづくりには制約がかかってくる。そのときのためにもう1本のレールを敷いておくことが肝要だ。その一つがバックキャスト思考の導入だ。
 
▲木村 「間」を埋めるライフスタイルからの政策・ビジネスは、今までとは異なる視点からの提案だということの理解を求め、共感を広げていくことが重要だ。