モノづくり推進会議は9月15日、東京・一ツ橋の如水会館でネイチャーテクノロジー研究会を開いた。テーマは「あたらしいものつくりと暮らし方のかたち―楽しみのくらし―」。同研究会コーディネーターの石田秀輝東北大学大学院教授と古川柳蔵同大学院准教授が講演した。石田氏は、自然観を持ち続けた日本人が精神欲をあおる産業革命を成功した要因に"勤勉革命"があったという仮説を提唱。古川氏は低環境負荷だった戦前の暮らし方を応用することで、将来望まれるライフスタイルを実現できることを示唆した。講演後は参加者から多くの質問・意見が寄せられ、関心の高さがうかがえた。

環境に負荷を与えず豊かに
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東北大学大学院教授 石田秀輝氏 |
今の生活状態のままでは、我々は2030年に文明崩壊の引き金を引くというのが基本的な考え方だ。心豊かに暮らしながら環境制約を正面から受けとめるという相反する二つのことを同時に成立させなくてはいけない。バックキャスト(将来を起点に現在取り組むべきことを考える手法)で、2030年の環境制約の中で心豊かに暮らせる絵を描き、そこに必要なテクノロジーを自然の中に探しに行く。自然の中にあるテクノロジーを使うことで低環境負荷になり、ライフスタイルも担保できる。これがネイチャーテクノロジーの考え方だ。
最近疑問に思っていることがある。日本の特徴として「長く大事に物を使う」「丁寧に手を抜かず使う人のことを考えたモノづくりをする」と言われるが、日本の本質なのか、それとも後天的に身につけたことなのか。これをクリアにするとライフスタイルをベースにしたテクノロジーの作り方がもっと明解に見えてくる。
バックキャストで描いたライフスタイルについて数千人を対象に調査した結果、豊かな暮らしのキーワードが「自然」と「楽しみ」だった。楽しみとは何だろうか。この楽しみの構造を明らかにできれば、ライフスタイルの形がもっと明確になる。
日本人は自然観を失わないモノづくりや暮らし方を持っている。英国で始まった産業革命は大量生産・大量消費に向かったが、江戸時代中期の日本は物欲ではなく遊びやエンターテインメントといった「意気」の世界をつくった。意気の世界ではモノを大事に長く使うという精神欲をあおる。
しかし、自然観を持ち続けた日本人と精神欲をあおる産業革命の成功がそのままイコールではないと、最近思うようになった。何かを足さないといけない。それは鎖国によって、内需だけで食べるために労働集約を行った「勤勉革命」にある。勤勉革命が自然観とつながった時に「物を大事にする」「勤勉であることが美徳である」となったと思う。
要するに「長く使う」「もったいない」というのは我々の本質的なものではない。後天的に19世紀に確立されたものだ。これを無視して私たちがモノづくりの形を設定すると、雲散霧消してしまう可能性がある。
テクノロジーで自然を模倣する、という部分だけを取り出したのが「バイオミメティックス」や「バイオミミックリー」などの概念だ。バイオミメティックスは機械系と分子系の両極端の分野に分かれている。その真ん中にあり、大きさでは数百ナノメートルから数マイクロメートルの部分に世界中の人たちが目を向けている。我々が知らなかったすばらしいものがある。
バイオミメティックスの研究はこの2年間に海外で圧倒的に進んだ。ドイツは国際標準化機構(ISO)規格を提案した。経済的な評価もどんどん行われている。いずれにしても日本は相当遅れをとってしまった。環境とバイオミメティックスを合わせたネイチャーテクノロジーのような概念はまだ海外にはないが油断はできない。
ネイチャーテクノロジー研究会は9月で一区切りをつける。来年3月までに産学連携でコンサルティング機能を持ったコンソーシアム「ネイチャーテクノロジー・プラットフォーム」をつくりたいと思っている。環境に負荷を与えなくても人間は豊かに暮らせる、そういったテクノロジーと暮らし方を日本から発信したい。資源もエネルギーもない日本がアジアで尊敬される唯一の道だ。
"ライフスタイル提案型"に
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東北大学大学院准教授 古川柳蔵氏 |
新しいモノづくりは、ライフスタイル提案型でないといけない。今の延長線上の「フォアキャスティング」ではなく、将来の環境制約から現在を見つめ直す「バックキャスティング」の手法でライフスタイルを描く。
描いた2030年のライフスタイルのうち、50個ほどを選んで1000人にアンケートを行い、社会受容性を調べた。人々がそのライフスタイルを受け入れられるかどうかが普及の鍵を握る。ライフスタイルのうち一番重要度が高い要素が「利便性」だ。二番目が「自然」と「楽しみ」。その後は「自分成長」「清潔」「社会と一体」という順になる。
ワークスタイルについても社会受容性を調べた。求められている要素は「貢献」が一番だった。このほか「心のゆとり」「楽しみ」「自然」がある。ワークスタイルで「楽しみ」と「自然」があがったのは驚きだ。ワークスタイルとライフスタイルともに「楽しみ」と「自然」を求めている。
では、「楽しみ」と「自然」はどんな関係があるのか。90歳の高齢者に戦前の暮らしの話を聞く「90歳ヒアリング」というプロジェクトを行っている。そこにヒントがあった。なぜ、90歳かと言うと、戦前に20歳になっていて低環境負荷でエネルギーを大量に使っていない生活をしてきた人たちだからだ。宮城で60人以上に実施した。ヒアリング結果を分析すると、いろいろな気付きを与える言葉が出てくる。
昔は水・燃料を共有していたという話がある。水・燃料は一番大事なものであり、共有することできずなになっていた。だから、未来もエネルギーという電池を共有して暮らせば、コミュニティーが復活するのではないかと思い「共有電池」というアイデアをまとめた。このように昔の暮らしを応用して現代版に焼き直し、商品開発することを考えている。
90歳ヒアリングから得られた戦前の暮らしを文章化し、社会受容性のアンケートを行った。すると、2030年のライフスタイルよりも望まれていないものが多い。その要素の一つには主流にならない、流行りそうもないという印象があるようだ。また、情報がなさそうとみられている。すなわち、今の人は情報を求めているという特徴が出ている。
この結果、新しいライフスタイルをデザインする時、自然とともに生きてきた昔の暮らしの知恵を学んで応用すれば低環境負荷になるが、そのままではダメだ、ということだ。少し工夫を取り入れないと我々は受け入れられない。
戦前の暮らしに戻ることはできないが、90歳ヒアリングから得られるデータは、おそらくバックキャスティングで描いたライフスタイルを支えるエビデンスになる。戦前の宮城では楽しみを見いだす対象として自然があったが、東京では昭和初期にさまざまなものが導入されて自然が少なくなってきた。自然以外の物事に楽しみを求めることもあったのではないか。
最終的にその変遷を分析しようと思っている。戦前以降、自然に対して楽しみの見いだし方が失われつつある。自然を失うことで楽しみも一緒に失うと、我々が望んでいるライフスタイルの重要要素の二つを失うことになる。
楽しみの構造は少しずつわかり始めてきた。新しいモノづくりは、バックキャスティングによるライフスタイル・デザインの提案で変えていく。その知恵は、自然から学んでデザインし直したネイチャーテクノロジーにある。仮説検証を継続して新しいライフスタイルに変えていきたい。
持続可能な社会の条件とは
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―物欲と精神欲の説明を。
石田 持続可能な社会といった場合、二つの要素で構成される。一つは地球のことを考えたモノづくり・暮らし方でこれが循環型社会。もうひとつは人間のことを考えたモノづくり・暮らし方だ。人だけではなく地球のことを考えたモノづくりと暮らし方がセットとなって初めて持続可能な社会をつくれる。人のことを考えたモノづくり・暮らし方の本質は人間の欲を満足させることだ。人間の欲は一度得た快適性・利便性を容易に手放せない構造にあり、物欲を認めると循環型社会と相反する。このため、精神欲をあおる、すなわち意気な暮らし方にすることが大切ではないか。
―自然の中にあるテクノロジーの活用例は。
石田 例えば、ハスのロータス効果を利用した製品やヤモリの指の粘着性に着目した接着剤がある。バイオミメティックスでつくられた製品は市場にだいぶ出てきたが、ネイチャーテクノロジーはまだ少ない。ネイチャーテクノロジーは、ライフスタイルを基にしたテクノロジーを、バイオミメティックスの手法を使ってつくるものだ。
―地域でバックキャスティング思考を実現するには、デザイナー兼プロデューサー的な存在が必要ではないか。
古川 どんな人がバックキャスティングが得意かを考えていろいろな人にお願いしてきたが、結論が出ていない。顧客に近いところで働いている人が必ずしもバックキャスティングが得意とは限らない。逆に顧客から遠い技術者や研究者が必ずしも新しいライフスタイルが描けないとも言えない。わかってきているのは、トレーニングすれば上達することだ。